江戸時代中期に老中として権勢をふるった田沼意次は、商工業者組合からの営業税徴収を決めた人物です。年貢率を引き上げる増税策に限界を感じ、新たな徴収制度を導入したそうです。

 これは、税務大学校のホームページ上のコンテンツ「税の歴史クイズ」で紹介された情報。田沼時代の特徴的な税制について、「年貢率を引き上げた」「年貢を米納ではなく金納に全て切り替えた」「商工業者の組合から営業税を徴収した」の選択肢から答えを選ばせる内容でした。

 意次は商品流通に携わる株仲間(商工業者の同業組合)に営業税を課税するアイデアを実現。株仲間に仕入れや販売の独占権を与える代わりに冥加金(みょうがきん)を徴収することにしました。
 意次はこの冥加金を通じて過度に商人に接近し、江戸時代の賄賂政治家というイメージで語られることがありますが、税務大学校の研究調査員である栗原祐斗氏は、「冥加金を徴収した背景には、従前の年貢増税策が限界を見せ始めていた幕府財政の実状があった」と説明します。それまで幕府は、収入を増やすために、新田開発や年貢率引き上げを実施しましたが、それによる財政健全化には限界があったとのこと。そこで意次は、当時盛んになりつつあった商品流通に着目し、税金を課税することを決めたのです。

 紀州藩の足軽だった田沼家は、藩主徳川吉宗が将軍に就任したことで、意次の父・意行の時代に幕臣になりました。その跡を継いだ意次は徳川家重の小姓として仕え、家重が将軍になってからは側近として昇進を重ねています。十代将軍の家治が特に意次を重用し、老中に就任させました。田沼が政治を行った時期の呼称(=田沼時代)が生まれるほど権勢をふるったのです。
<情報提供:エヌピー通信社>